
炊きたてご飯の香りが食欲そそる―熊谷に新米の季節がやってきた。黄金色に染まった6月の麦畑は、やがて稲穂の濃い黄色に変わり、たわわに実った米が刈り取りの時を待っている。取材日は10月。埼玉県有数の米の生産地である熊谷ではコンバインや米を運ぶ軽トラックが忙しそうに行き交っていた。今回は、約300年にわたりこの地で農業を続ける‘籠原木部ファーム’を訪ね、三世代で受け継ぐ米づくりの想いや工夫を伺った。
「みんなにおいしいお米をずっと食べてもらいたい」 ── 木部ファミリーのまっすぐな想いをお届けする。
聞き手:牧野悦子さん(熊谷在住・くまがや食応援大使)
生産者・籠原木部ファーム
熊谷・JR籠原駅から南東へ5分ほど進むと、のどかな田園地帯が広がる。その中心に立つのが‘籠原木部ファーム’。遠くに赤城山を望みながら、祖父・父・息子の三世代が黙々と稲に向き合っていた。祖父の経験、父の技、そして若い力。それぞれの想いが重なり合い、一粒の米に実を結ぶ。約18町(東京ドーム3個分)もの広大な農地で、米と麦を中心に栽培。収穫された米は熊谷市内の学校給食や幼稚園、介護施設などにも納品されている。まさに「地域の食を支える農家」として、熊谷の食卓を支えている。


祖父・父・息子 それぞれの視点と力
籠原木部ファームの強みは、世代ごとに異なる視点を持ちながらも、同じ未来を見つめていること。50年のキャリアを持つ祖父・富次さん、現場をまとめる父・貴之さん、そして次代を担う翔太さん。
「代々守ってきた圃場を、自分の世代でも続けられる形にしたい。だから機械やスマート農業の技術も積極的に取り入れている」と翔太さん。
乗用管理機による農薬散布や、籾の乾燥・調整の自動化など、新しい技術の導入で作業効率が上がり、品質の安定にもつながっている。 三人の知恵と技術が融合し、伝統と革新のバランスを保ちながら、熊谷の米づくりを未来へとつないでいる。
土と水が育む熊谷の米
熊谷の米づくりに欠かせないのが、荒川水系の豊かな水と肥沃な土壌だ。
籠原木部ファームでは、およそ100カ所の圃場を管理し、それぞれの田んぼに合わせた堆肥で地力を維持している。
「毎年の夏の猛暑は米づくりの大きな課題。品種を見極め、苗の間隔を調整して風通しを良くするなど、年々工夫を重ねています。化学肥料に頼りすぎず、土の力を生かした栽培を心がけています」と木部ファミリー。 稲の倒伏を防ぐための管理や、水位の細かな調整にも気を配りながら、自然と向き合う日々が続いている。


おいしさが次へとつながる糧になる
「うちは米の食味にこだわりを持っているんです」と貴之さん。「どんなに収量が多くても、おいしくなければ意味がない。おいしい米を作れば、また買ってもらえる」。その言葉に、長年の経験からくる確かな信念がにじむ。「お客さんから『おいしかった』と言ってもらえるのが励みになる」と富次さんも笑う。
品種は‘コシヒカリ’‘きぬひかり’‘彩のきずな’など4〜5種類。年間80トン以上の米を出荷し、その多くを地元で販売している。長年のファンも多く、地域の食卓を支え続けている。 近隣の幼稚園と直接契約する「のこちゃん米」も毎年人気で、おいしいお米が子どもたちとその家族の笑顔につながっている。

自然の循環の中の米づくり
熊谷では古くから、冬に麦、夏に米を育てる‘二毛作’が盛んだ。
籠原木部ファームでも、麦と米を交互に栽培することで、土地を有効に活用しながら農地を守っている。
取材時は、ちょうど稲刈りの最盛期。翔太さんが運転するコンバインのあとを、シラサギが追いかけていた。刈り取りで跳ねたカエルを狙っているのだという。
さらに翔太さんは、稲刈り後の田んぼに何かを撒いていた。富次さんに尋ねると、「あれは米のもみ殻。麦を育てる肥料になるんだよ。麦の根や茎は、次の米づくりの養分になる」と教えてくれた。
米づくりも自然の循環の中にある―そんな言葉が実感できる光景だった。

炊きたてのご飯を口に含むと、ほんのり甘く、香ばしい香りが広がる。それは、熊谷の太陽と水、そして人の手が生み出した味だ。籠原木部ファームの米は、地域に寄り添い、家族三世代の知恵と努力が詰まった一粒。
地元の田んぼで生まれたお米を食べることは、地域の未来を支えることでもある。
今日もまた熊谷の田んぼでは、次の季節へと向けた準備が始まっている。

| 生産物 | 米 |
| 取材対象 | 木部富次さん、貴之さん、翔太さん(籠原木部ファーム) |
| 所在地 | 熊谷市籠原南1-35 |
