挑戦を重ね、熊谷で育てる“幸せのぶどう”

熊谷の秋空の下、黄金色の田んぼの真ん中に、ガラス屋根のハウスがきらりと光る。中へ足を踏み入れると、やわらかな陽ざしに照らされた色とりどりのぶどうが、たわわに実っていた。 ここは熊谷市北東部の静かな農地にある「石井ブドウ園」。園主の石井敏裕さんは、23年以上にわたりこの地でぶどうづくりに情熱を注いできた。小ねぎ栽培からぶどう生産への転換、震災や大雪を乗り越えながら、ひたむきに手をかけ続けてきたぶどうたち。熊谷の大地と太陽、そして石井さんの想いが重なり、今年も豊かな実りを迎えている。

聞き手:牧野悦子さん(熊谷在住・くまがや食応援大使)

生産者・石井敏裕さん

石井ブドウ園では現在、ハウスと露地栽培を組み合わせ、約38アールの畑に90本、50品種のぶどうを育てている。果実の色は緑、紫、赤とさまざまで、形も長楕円、円形、バナナ形と多彩である。畑に立つと、陽光を受けて輝く実が並び、見ているだけで心が弾む。
代表の石井敏裕さんは、大学で農業を学び、卒業後は県外で水耕栽培の研修を受けたのち、熊谷に戻って小ねぎの生産に携わってきた。石井さんが高校1年生のときに父が他界し、それ以来、家族と力を合わせて農業を支えてきたという。研修で培った知識と経験を生かしながら、約13年間にわたり小ねぎ栽培を続けてきた石井さん。そして「自分の好きなものを育てたい」との思いから、新たな挑戦として始めたのが、現在のぶどうづくりである。

「好きだから苦にならない」
─その原動力はどこから?

「好きなことをしているから、苦にならないんです」と語る石井さん。真面目で柔らかな笑顔の中に、芯の強さが感じられる。ぶどうの繁忙期である4〜11月は休みがほとんどないが、それでも「お客さんが‘今年も美味しかった’と言ってくれる瞬間が一番うれしい」と話す。丹精込めて育てたぶどうがお客様の笑顔になる。石井さんのぶどうは人と人をつなぐ‘幸せの実’となっている。

震災も大雪も越えて
─ぶどうづくりへの覚悟

東日本大震災の影響で小ねぎの出荷が止まり、「自分の好きなものをつくろう。地元でお客様に直接販売できるものを育てよう」と、ぶどうへの本格転換を決意した。2014年の大雪では、ハウスのガラス屋根2,000枚が割れ、完全な復旧に2年半を要したが、その経験が石井さんに大きな覚悟をもたらしたという。 栽培の難しさを語る石井さんが最も時間をかけるのは‘摘粒’。房の形を整え、光を均等に当てるための繊細な作業である。ぶどうの袋かけは1万2千枚にもおよびそのうち収穫まで育つのは7割程度。「手がかかる作業ほどやりがいがある」と笑う。その一房一房に注がれる丁寧な手仕事こそ、石井ブドウ園の味を支えている。

「美味しい瞬間を届けたい」
─ 石井さんの“こだわり”とは

石井さんのこだわりは、‘鮮度’と‘販売方法’である。お客様の要望や好みに合わせて品種や房の大きさを選び、その都度収穫して販売する。売れ残りの無駄をなくし、最も美味しい瞬間を逃さず届けるためだ。
味へのこだわりも一貫しており、種ありのほうが美味しい品種は、あえて種を残す。薬剤も極力使わず、自然の力で甘さと香りを引き出すのが石井流である。品種ごとに熟度や色、粒の張りを見極め、ぶどう本来の個性を生かす姿勢に、職人としての誇りがにじむ。
人気の「藤稔(ふじみのり)」をはじめ、多彩なぶどうが実る石井ブドウ園。口に含むと、熊谷の陽射しをたっぷり浴びた果実の生命力が広がる。

ぶどうが喜ぶ圃場作り

石井ブドウ園では、根の成長を適度に制限し、樹にストレスを与える独自の栽培法を取り入れている。根張りを抑えることで、養分と水分の吸収を調整し、果実に凝縮した甘さと香りを生み出すという。
さらに、熊谷の酪農家から譲り受ける牛ふん堆肥と稲わらを組み合わせた土づくりにも力を入れている。堆肥はぶどうの養分となり、土地の力をじっくり育む。一方で、収穫後の枝や葉はすべて焼却する。病気や害虫の越冬を防ぎ、圃場を清潔に保つためだ。循環と衛生の両面に気を配る姿勢からは、石井さんの真摯なものづくりへの思いが伝わってくる。

「駄菓子屋みたいに来てほしい」
─ 誰もが笑顔になるぶどう園へ

熊谷の風土、地元のお客様、そして地域の仲間がつくり出す循環の中で、石井ブドウ園のぶどうは実を結ぶ。
「駄菓子屋に来るように、気軽にブドウ園に来てほしい。自分好みのぶどうを見つける楽しみを感じてほしい。」その言葉には、ぶどうをもっと身近に感じてもらいたいという願いが込められている。
石井さんが多くの品種を育てるのは、「埋もれてしまいそうな美味しいぶどうに光を当てたい」からだ。
作るのが難しいもの、見た目は地味でも味わい深いもの、輸送には向かないけれど‘ここでしか食べられない’もの。そうした個性豊かなぶどうたちが、石井ブドウ園には息づいている。
「ぶどうは‘血統’が面白いんです」と石井さんは笑う。掛け合わせで味や香り、色が変わる。その奥深さは、趣味の‘競馬’にも通じる世界だという。血統を読み、次の世代の可能性を想像する─そのワクワクこそが、ぶどう栽培の面白さだと語る。いつかは、自分の手で‘オリジナル品種’を育てたい。そんな夢を胸に、石井さんは今日も畑に立つ。時期ごとに色づく果実を通して、人が集い、笑顔が生まれる場所。
食べる人を幸せにする、熊谷の果実に会いに行こう。

取材風景(左:牧野悦子さん/右:石井敏裕さん)
生産物ぶどう
取材対象石井敏裕さん(石井ブドウ園)
所在地熊谷市今井
市内で買える場所石井ブドウ園 直売