
麦の風が吹き抜けるまち、熊谷。
実は“小麦のまち”って知ってました?
黄金色の麦が波打つ、麦秋の風が吹き抜ける熊谷。初夏の陽ざしに輝くその景色は、まるで大地が実りの絨毯を広げたかのように美しい。
実は熊谷は、埼玉県内で小麦の生産量が最も多く、全国的に見ても指折りの“麦どころ”。普段何気なく手にしている、パンやうどん、ビールの原料となる小麦や大麦が、意外と身近な畑で作られているのをご存じだろうか?今回は、‘株式会社太陽ファーム奈良’を取材し、熊谷の麦の魅力をたっぷりお届けする。
聞き手:牧野悦子さん(熊谷在住・くまがや食応援大使)
生産者・田中輝久さん
(株式会社太陽ファーム奈良)
「麦畑と田んぼのある風景を残したい」
熊谷市の北西部に位置する奈良地域周辺は、荒川流域の肥沃な土壌と平坦な地形に恵まれ、稲作とともに麦作も盛んに行われてきた。今回お話を伺ったのはこのエリアに事務所を構える株式会社太陽ファーム奈良の代表の田中輝久さん。農業に携わって60年の大ベテランである。太陽ファーム奈良は「麦畑、田んぼのある風景を残したい」という想いと地元生産者からの要望で10年前に仲間4名で立ち上げた。圃場面積7町から始まった麦生産も今では50町を越える。1町は約1ヘクタールで、50町は東京ドーム約15個分にもなる。畑の数も年々増えて現在は250カ所を超えたという。事務所の壁には内には圃場の位置が示された地図がある。この地図の大きさが地域農業を支える信頼の証である。


収穫と田植えが交差する季節に、今日も畑を走る
取材した日はまさに麦刈り真っ只中。田中さんの後ろにはコンバインや麦を運ぶ軽トラが行ったり来たり。作業場では刈り取った麦の乾燥や計量、袋詰め、運び出しと人と麦がせわしなく行き交う。「麦を刈ったらすぐに田植えだからこの時期が一番忙しい」と汗をぬぐう田中さん。話を伺っている間も次の刈り取りやしろかきの予定を若手スタッフと調整をしている。「熊谷の農業、麦を守るために、次世代を担う生産者も育てていきたい」と穏やかに話す。
二毛作が描く、季節のパレット。水と風と土が育てる麦
麦と米の二毛作を行う熊谷の畑は6月に激変する。黄金色の麦畑から数日で水を張った田んぼへ様変わり。「ここは利根川や荒川に囲まれた扇状地。適度な砂利のおかげで水はけが良く、麦にも米にも対応できる」と田中さん。続けて「畑の数が多くなると圃場の高低差や水路の調整などが必要となる。地域と連携しながら柔軟に対応してこそ農業が続けられる」と話す。また、熊谷の夏は高温多湿、冬は日照時間が長く乾燥しており、秋〜初夏にかけて麦を栽培し、その後に稲作を行うというサイクルに適しているという。川の恵みと気候、生産者の努力によりおいしい麦が栽培されている。


麦踏みの先にある、熊谷の誇る“麦文化”の継承
ここで熊谷での小麦栽培の歴史に触れる。古くは江戸時代までさかのぼる。明治時代には埼玉県北部の東別府村(現在の熊谷市)に生まれ‘麦王(麦翁)’として知られている権田愛三の功績により、麦の収量4~5倍(当時)に増加。麦の倒伏を防止する‘土入れ’や茎の枝分かれと根部の伸長を促す‘麦踏み’、堆肥を多く使用した‘土づくり’などの栽培技術が確立された。今でも‘麦踏み’は冬の麦畑でよく見られる光景で、ローラーでゆっくりと麦の芽を押しつぶしていく姿は麦の芽をいじめているようにも見えるが成長に必要な工程である。黄金色の麦畑も見てほしいが、冬の麦踏みの姿もぜひ一度ご覧いただきたい。受け継がれる栽培技術に支えられ、力強く育つ熊谷の麦がいとおしく見えてくる。

新たな作物と若い力に託す農業の未来
田中さんは米麦のほか、かぼちゃや青パパイヤなどの農産物も生産している。いずれも地域や団体で生産を盛んにしようと計画している作物だ。「若手のスタッフには止められるけど、作ってみないとわからないしね。」と照れた表情をみせた。若手にバトンタッチしていきたいといいながらも、様々な作物を試しながら地域の農業の価値向上を目指す田中さん。やる気のある生産者のもと、熊谷の農業の可能性はまだまだ引き出されるに違いない。
うどんに、ビールに、あなたの食卓に麦がある幸せ
田中さんが育てる小麦はうどんなどに使用される‘さとのそら’や中華麺に使用する‘たまいずみ’など。またビールに使用する二条大麦‘ニューサチホゴールデン’なども生産する。どの麦畑も同じように見えるが、よく見ると麦の種類によって穂の色や形も違う。ご存じの方も多いと思うが熊谷の名物はうどん。埼玉県では「朝まんじゅうに昼うどん」と伝わるほど、小麦粉の食文化が根付いている。「さとのそらは天ぷらやフライ(小麦粉を使った薄いお好み焼きのような庶民料理)にしてもおいしい」と田中さん。「もしかしたら皆さんが食べているうどんや飲んでいるビールにも熊谷の麦が使われているかも知れないね。」と笑顔で話す。
地域の風土と農家の想いがひとつに溶け合った「麦の原点」ここにあり。次にうどんをすすりあげるとき、ビールが喉を通るとき、その先に広がる麦畑を思い浮かべてみてほしい。
あなたのすぐそばに、「熊谷の麦」がある幸せを、きっと感じてもらえるはずだ。

生産物 | 麦 |
取材対象 | 田中輝久さん(株式会社太陽ファーム奈良) |
所在地 | 熊谷市奈良新田499-1 |